【9.24名古屋決戦直前集中連載 ②】ワグナーの前に立ちはだかる最強の血脈!サイコ・クラウンの源流を追う!
前回の特集ではイホ・デ・ドクトル・ワグナーJr.とサイコ・クラウンの因縁について深堀した。父であるドクトル・ワグナーJr.とサイコ・クラウンのマスクを賭けた戦いはまさに語り継がれるほどの世紀の一戦であり、今回のナショナル戦もワグナー家とサイコ・クラウンの新たな物語の始まりとなるだろう。しかし、改めてサイコ・クラウンとは何者なのだろうか。
本編ではそのルーツ、血脈について詳しく知る記者・高崎計三氏にご寄稿頂き、サイコ・クランとは何者なのか、その源流を追った。ぜひ、9.24名古屋国際会議場大会前にご一読いただきたい。
◇9.24名古屋決戦直前集中連載 ①はこちら → https://www.noah.co.jp/news/4914/
9.3大阪大会に(謎のメッセージによる予告付きで)突如現れ、イホ・デ・ドクトル・ワグナーJrを襲ったサイコ・クラウン。9.24名古屋大会でワグナーの持つGHCナショナル王座に挑戦が決まったが、前哨戦の段階でその存在感と暴れっぷりがファンの間で評判を呼んでいる。ではこのサイコ・クラウン、何者なのだろうか?
1.ブラソ家の血脈
前述の乱入予告メッセージで、彼が「血」に言及していたのを覚えているだろうか。その文面とは、「貴方の血よりも優れた血を持つ者より」。結果的にこの「貴方」はワグナーを指していたわけで、ワグナーの「血」についてはもう説明の必要もあるまい。彼の父ドクトル・ワグナーJr、そして祖父ドクトル・ワグナーはともに名ルチャドールとして大活躍し、特に父ワグナーJrは母国メキシコのみならずこの日本でも90年代新日本Jr黄金期を支える一人として暴れ回った。さらにワグナーの叔父に当たるシルバー・キングも日本とメキシコで活躍した名選手だった。
ではサイコ・クラウンの「血」はどうだろう。彼の祖父にあたるのはシャディト・クルス。来日経験こそないがメキシコでは名レスラー&名トレーナーとして知られる存在で、あの“帝王”カネックも彼の弟子と言えば、その偉大さが分かることだろう。
シャディト・クルスの息子たちは軒並みプロレスラーとしてデビュー。その中の一人、サイコ・クラウンの父にあたるのがブラソ・デ・プラタだ。若い頃には長兄ブラソ・デ・オロとのタッグ「ロス・ブラソス」として新日本プロレスで初代タイガーマスク、全日本プロレスでグラン浜田と戦い、90年代にはユニバーサルプロレスで「楽しいルチャ」の第一人者として常に場内を沸かせた名物選手である。ユニバーサル時代には次兄エル・ブラソ、弟のロビン・フッド、甥に当たるスペル・ブラソやブラソ・デ・プラティーノらも来日。「ブラソス・ファミリー」は確実に日本でのルチャの一時代を彩っていた。
だからサイコ・クラウンはワグナーと同じく三世レスラーとなるわけだが、新日本プロレスで人気だった兄のマキシモ、STARDOMに来日した妹のゴヤ・コングをはじめ、兄弟・いとこらにもプロレスラーが多数いることから、レスリング・ファミリーとしてはサイコ・クラウンの一族の方がワグナー家よりも大きいかもしれない。ただし、それが「血が優れている」かどうかは別の話だが。
サイコ・クラウン本人は、2000年に父らブラソス伝統のマスクを被って「ブラソ・デ・プラタJr」としてデビュー。インディー系団体でベルトを獲得した後、兄やいとことともにメキシコ最大の団体CMLLでファイト。兄はマキシモ、いとこはラ・マスカラに変身する中、彼もマスクマンの「クロノス」を名乗ったがトップ戦線には加われず、2006年に父とともにAAAに移籍。ここで一度はブラソ・デ・プラタJrに戻るも、本当の成功を得たのは翌2007年、サイコ・クラウンに変身してからだった。
2.サイコ・クラウンとして
サイコ・クラウンはキラー・クラウン、ゾンビ・クラウンとのトリオ「ロス・サイコ・サーカス」のリーダー格として突如登場。そのキャラクターはアメリカのホラーコメディ「キラー・クラウン」に題材を得たと言われるが、海外マット界ではWWF(現WWE)のドインク、それにヒントを得た90年代AAAのロス・パヤソスなど、ピエロ姿のヒールレスラーには前例もある。ただロス・サイコ・サーカスは、ホラー風味をふんだんに取り入れてAAAらしい派手な風貌に進化していた。ちなみにユニット名は、アメリカのハード・ロックバンドKISSが1998年にリリースしたアルバムから採ったもの。
ロス・サイコ・サーカスは大柄な体格と豪快な暴れっぷりで早くからAAAのトップに駆け上がり、同団体の戦いの中心に陣取った。その歴史の中ではメンバーチェンジや裏切りもあったが、ロス・サイコ・サーカス、そしてサイコ・クラウンの名が知れ渡ったのは、ルチャ・リブレの世界に本格的なハードコア・レスリングを持ち込んだ功績によるところが大きい。ルチャの伝統の戦いに、ECWなどの影響を多分に受けたハードコアを融合させた試合は、メキシコの観客を熱狂させ、彼らの名前は世界に轟くことになった。
サイコ・クラウンのキャリアでハイライトとも言えるのが、2017年8月、トリプレマニアXXVでのドクトル・ワグナーJrとのマスク剥ぎマッチだ。両者流血しての大激闘の中、サイコ・クラウンが勝利してワグナーはマスクを失った。この時セコンドを務め、ワグナーが試合後に感動的なマイクアピールの後自らマスクを取るのに立ち会ったのが、息子のイホ・デ・ドクトル・ワグナーJr。彼らの抗争は、ここに端を発しているのだ。
また、ライバルであり盟友でもあるパガノとのタッグと抗争の歴史は、サイコ・クラウンのキャリアにも、そしてルチャ・リブレの歴史にも新たなページを刻んだ。2017年10月、AAAが日本で開催した「ルチャリブレ・ワールドカップ」ではサイコ・クラウン&パガノのタッグでトーナメントに出場し、1回戦でクワイエット・ストーム&コーディ・ホール組、準決勝でケンドー・カシン&NOSAWA論外組、そして決勝戦では石森太二&Hi69組を下して優勝。会場中を駆け巡っての大暴れで、日本のファンにもその強さを見せつけた。
大型でレスリングの基礎もしっかりとありつつ、ハードコア・レスリングも縦横無尽にこなすサイコ・クラウンは、ルチャ・リブレの歴史の中でも得意な存在だ。その彼が因縁のあるワグナー家に導かれるようにして、このタイミングでNOAHのリングに辿り着いたのは、決して偶然ではあるまい。サイコ・クラウンはワグナーとの抗争だけでなく、様々な戦いを見せてくれるはずだ。
(文提供/高崎計三)