【征矢学インタビュー】色にとらわれない「情熱の色」を創り出す――NOAHの5年間を経てたどり着いた従来の征矢学らしさ
9・14後楽園ホールで佐々木憂流迦を破り、プロレスリング・ノア参戦から5年かけて初のベルトを手にした征矢学が「情熱の汗」(本人談)を流す姿を眺めながら、8年前のシーンを思い起こした。自分が見てきた範囲で、リング上で泣いたのはその時以来と思われる。
2016年7月1日、当時所属するWRESTLE-1のシングルトーナメントで優勝を果たした征矢は、前日に主力5選手が退団したことに触れると「ここにいる皆さん、WRESTLE-1を初期から応援してくれる皆さん、本当に不安や寂しい気持ちになったと思います。正直……すみません」と言葉を詰まらせ、目を拭った。“ワイルド”を掲げ弾けたキャラクターでやる人間がそれまで見せてこなかった一面だった。
「……僕もそういう気持ちになりましたが、俺がそんなじゃWRESTLE-1はダメなんだと思います。残ったメンバーで必ず盛り上げていきます!」と気持ちを立て直し、最後は前向きな言葉に持っていった征矢の姿は今、記憶を呼び起こしてもカッコよかった。残念なことにこの後、横浜文化体育館のメインイベントでタイトル挑戦が決まっていながら、直前のケガで欠場。
その時も、我々の目の届かないところで泣いたのだろう。思えば征矢学というプロレスラーは、方舟へ行き着くまでの間も何度となくそうした逆境をポジティブな形へと変えてきた。
「そうせざるを得ない状況ではあったんですけど、むしろネガティブをポジティブに変えるのが得意ということにしましょう」
GHCナショナル王座を奪取し、数日経っているとあっていつもの征矢節に戻っていた。YouTube公式ch「そやそやテレビくん」で公開されたが、タイトルマッチ直前のイギリス遠征でもネガティブな事態が続出した。
現地入りした途端、スマホのSIMロックがかかり滞在中は一切使えず。連絡はおろか、思い出を写真として残すことさえできなかった。
今の時代、発信するにあたり画像がないのは痛い。さらには帰国便の出発が遅れたため乗り継ぎがうまくいかず、ポーランドのワルシャワで想定外の1泊を余儀なくされる。
「あれは初めての体験だったのでビビりましたね。僕はそういう時って、なんとかなるさって思うのではなく、どうしようどうしようってなっちゃうタイプなんで。まったく知らない国で何日間か暮らす事態になったら試合に間に合わないとか。ましてや言葉も通じず、連絡もできなかった状況ですから」
日本語ができる人に間へ入ってもらい、なんとか翌日には韓国経由の便に乗って日本へたどり着けたものの、戻ってきてもSIMロック解除の手続きに時間と労力を費やした。一連の不測の事態を征矢は「普通の人だったら耐えられない苦行」と称した。
あの時、体内より湧き出た情熱の汗は言うまでもなくこの5年間が報われたことによるものだが、その何%かは直前に経験したネガティブを乗り越えられた安堵感に起因していたはず。事実、征矢はタイトルマッチに向けてすべてをプラスだと考えるように自身を仕向けたという。
「飛行機が遅れたのも、次の日の帰ってこられたんだからよかったんだと。予定通りに帰ってきて普通の状態でやったら、もしかすると勝てなかったかもしれない。その上でベルトを手にしたら…体の中に充満していた情熱が体外に溢れ出ていました。あれは本当に涙じゃないんで。涙じゃないから泣いていないんです。その証拠に、涙って目から出るものじゃないですか。でもあの時は目だけでなく鼻からも流れ出ていた。涙が鼻から出るわけがないでしょう。なのであれはまさに汗、情熱が液体となって溢れ出た汗なんです」
NOAHに上がるまでの征矢は、自身を表す言葉として“ワイルド”を用い、絶大なまでに定着、認知されていた。だがWRESTLE-1の活動休止を機に、生き抜くリングを新たにした時、それを払しょくするべきと思った。
イメージとして確立された方が都合はいい。むしろそこを目指し、自身をクリエイトするものだ。しかし征矢は、それ以上のものが生まれないと考えた。
「ワイルドはワイルドであって、そこからさらに進化させるのは難しい。ならば一度消して、プロレスの強さだけを追求したいと思って金剛に入ったんです。あそこは強さを求めてやっていくチームでしたから」
それまでの征矢はリング内外を含めた動向や言葉でもファンを惹きつける存在だった。ところが金剛入り後はワイルドを口にしないばかりか、黙々と試合に向き合う姿勢を貫くようになった。
WRESTLE-1時代の征矢を知る者として、言葉のアピールを封印したのはストレスにならないか、あるいは表現をする上で迷いは生じていまいかとの思いが拭えなかった。その中で本人は、確固たる信念を持って生まれ変わろうと模索していた。
ただ、ワイルドに変わるワードがなかなか発露しなかった。“剛力番長”のフレーズこそあったものの、内面からにじみ出てくる類とは違う。タイトル獲得まで5年を要したのは、言葉を先立ててそれによって自分を奮い立たせるタイプの征矢だからこそという気がしてならない。
「何かのきっかけがない限りは、情熱的なものが生み出されなかったと、今にして思います。そのきっかけが、肘の手術でした。休んでいる間に自分のできることはなんなのかなと考えた時、今までの体重を重くしてパワーだけでやろうとの考えを捨てて左右じゃなく180度すべて動けるようにと10kg絞ったんです。力、パワーというワードに縛られなくなったら、浮かんできたのが“情熱”でした。なので僕はもう剛力番長ではないんですよ。今後は“情熱番長”にしてください」
これもマイナスを原動力にし、プラスに変える“ネガティブパワー”によるものだった。年明けの有明アリーナで、征矢は拳王のGHCヘビー級王座に挑戦。ベルト奪取こそならなかったものの、話題性でメインを譲った丸藤正道vs飯伏幸太戦を凌駕するほどの試合内容を残した。
あれを見て、今年の征矢はいけそうといった感触をつかめた矢先に、左肘部管症候群の手術による欠場に入る。このタイミングで…とさぞや落ち込んだのではと思っていたが、本人としては1年以上も痺れが続く状態だったため、あのタイミングの決断によってネガティブにはならなかったという。
「今は休めないっていう気持ちでずっと続けた結果、悪化した。完全に治らぬ状態になってしまって手遅れになるより、治した上で新しい気持ちになって復帰する方がいい」
征矢の判断は正しかった。肘のメンテナンスだけでなく、その中で“情熱”という自身を突き動かし、ファンと共有できるフレーズと出逢えたのだから。
そんな情熱の赴くまま、初防衛戦の相手にエル・イホ・ドクトル・ワグナーJr.を指名。理由としてN-1 VICTORY公式戦が流れたことをあげたが、それ自体はよく生じるケースだ。もっと、相手と見てこだわるなんらかの思いがあるのではと聞いたところ…。
「ナショナル王座に挑戦した時の相手がワグナーだったのもありますけど、僕の勝手なイメージとして歴代チャンピオンの中誰よりも強い、凄いというイメージで結ばれているのが彼なんです。ナショナル王座の価値をもっとも築いたチャンピオン。だから、その壁を越えなければいけないと、獲った次の瞬間には思っていました。 前回のシングルマッチ(2023年8月27日、カルッツかわさきのN-1公式戦)では勝っていますけど、タイトルマッチとなるとモチベーションの持っていき方も含め変わってくると思うんで、ベルトを懸けてワグナーとやりたい。彼自身もナショナルのベルトには思い入れがあるはずですから、2人で闘うにはこれが必要なんです」
厳密に言うなら、征矢が求めるのはワグナー戦というよりも「GHCナショナル王座を懸けたワグナー戦」となる。
GHCヘビー級、タッグ選手権を含め、NOAHにおいて7度目のタイトル挑戦でようやく手にした赤いベルト。それに対し、どちらがより強い思いを持っているか勝負するつもりなのだ。そこで征矢に、ワグナーも“情熱”のワードを出していたことを伝えた(https://www.noah.co.jp/news/6219/)。
「彼の人生をひとことで表すと、やはり情熱になるんでしょうね。幼い頃からプロレスエリートの家系で育ってきた中で、情熱なくして歩んでこられなかったと思います。対して僕は、ただただプロレスが好きというだけでやってきて、それこそ親に『おまえには無理だ』と反対されてまで長男でありながら振り切って、情熱を貫いて今ここにいる。歩んできた環境が、彼とは真逆なんです。その真逆の情熱をぶつけ合うタイトルマッチと思って見ていただきたい」
前述したWRESTLE-1時代の経験だけでなく、征矢のプロレスラー人生はどちらかというとうまくいかないことの方が多かっただろう。そのつど理想を持って所属する団体に持ち得るものを注ぎながら、活動の場として持続できなかった。
それゆえ、今在る場を大切にしたい。何よりも、外から来て5年も期待に応えられずいた自分を根気よく応援し続け、9・14後楽園で極上の一体感を生み出してくれたファンに対する感謝の思いを形にしていくつもりでいる。
征矢とワグナー、お互いのパッションをぶつけ合う場に、赤い色に染まったベルトがあるというのも、いい巡り合わせではないか。ナショナル王座は情熱の象徴――それでこそ、GHCヘビー級王座とは違った世界観が築ける。
「確かに、このベルトを情熱の象徴のようなタイトルにしたいとは思います。でも、火って赤より青や黄色い方が強い(温度が高い)って知っていますか? 皆さん、赤が情熱の色といったイメージを持っていると思われますが、赤だから情熱の色なんでしょ?的な見方ではなく、色にとらわれない「情熱の色」というものを創り出していきたいんですよ」
赤=情熱と、いかにも短絡的な軽口を叩いてしまった自分を恥じた。やはり、征矢は一歩も二歩も先をいく発想を持つ男だった。情熱も赤、青、黄と同じく色の種類として認知される可能性を秘めていると主張するのだ。
こういった理論も、さらにはYouTubeを通じて自分をさらけ出すことも含めその方がやはり征矢学らしいし、それが持ち味となる。赤いベルトが「情熱のベルト」と呼ばれる日に向け、新たな弾道を進んでいく――。
(取材&文・鈴木健.txt)
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